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ご挨拶

2021/12/31(金)
季節を感じる写真をご挨拶代わりにどうぞ。

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クリスマスローズ







現在、農作業は主に以下の2つをやっております。
(1)市民農園で野菜づくりを楽しんでる9年目の家庭菜園
(2)農家さんで汗流しながらやっている7年目の援農ボランティア
日々楽しみながら畑での出来事を愉快に綴っていければと思っております。
たまに菜園仲間の群馬と茨城の相棒の話題も出てきます。

もうひとつの趣味のカメラもたくさん撮って、このTOPページを飾れる
ような写真をアップしていきたいと思ってます。
上の写真をクリックすると今までアップしてきた中で、拍手の多かった写真がご覧いただけます。
よろしかったらどうぞ。

                                 (2020年3月17日 記)

いつもご訪問ありがとうございます

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切り干し大根づくり 2/2 (群馬の相棒)

2021/01/27(水)
朝方まで雨のようでしたが、天気は回復に向かうようです。

コロナウイルスの感染者が世界全体で1億人を超えたようです。
アメリカのコロナ死者が40万人超え、第二次世界大戦の戦死者数を超えるそうです。
まさに見えない敵との戦いですね。
アメリカのワクチン接種は、体制整備の遅れなどから大幅に遅れているみたいです。
日本は2月末をワクチン接種開始として準備に入ってるようですが、遅れることのない
ように願ってます。


さて、群馬の相棒のスライスした大根はどうなったか・・・、その続きを報告します。


※相棒のコメント→ジッチのコメント


乾燥
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次の日、ネット籠に入れ、2階のベランダで乾燥します。

→大量ですね!


5日ほどで、ほぼ乾燥しました☺️
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毎日、撹拌はしていました。

→こんなに小さくなった!
  群馬は空っ風が強いので、乾燥が早いのでしょうね。


取り出したら、こんな感じです❗
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→あんなたくさんあった大根がこれだけになってしまうのですね。
  スーパで見たら大根が1本90円でした。 まだ安いのでが続いてるようです。


水切りネットに、60グラム入り10袋の出来上がりでした。
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更に、2日乾燥してビニール袋で保存です。
既に、半分はボランティア仲間に渡っています😉

→ひと袋が大根1本分ぐらいでしょうか。
  前回作った時には、切り干し大根をもらったことがありましたね。
  美味しく頂いたことを覚えてます。
  今回はコロナで会うことができないので残念無念。。。


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切り干し大根づくり 1/2 (群馬の相棒)

2021/01/26(火)
きょうは午前中は日差しがあっても、雲が多めの天気です。

朝のテレビでやってましたが、今年の花粉は去年より多いらしいですよ。
花粉症なので、人前で咳やクシャミしたらコロナと間違えられそうで嫌ですね。


群馬の相棒は今年も切り干し大根づくりをやったようで、畑だよりが送られてきました。
2回に分けて報告しますので、大根が消費できてない方は参考にされるといいですよ。


※相棒のコメント→ジッチのコメント


大根の花
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これは、昨年5月の大根の花。 採種用に遠畑で残してました。

→一般の人はあまり見たことがないのではと思いますが、白い可憐な花ですね。
  私も直ぐに片づけてしまうのであまり見かけません。


鳥被害に遭い、放置してたのが・・・、
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採種時期になり行ってみたら、なんと鳥が食べ散らかして、種を諦めて放置しました。
10月には散乱した種が育ち、これも放置しました😁
素性のいいのは、おでんや大根おろしに便利です(笑)

→写真は育った放任大根の様子ですね。
  鳥(ヒヨドリ?)が種まきしてくれたとはオモシロい(笑)
 

放任大根の収穫
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いよいよ寒くなり、葉っぱも元気がなくなったので、一斉に抜いて見ました。
間引きも追肥もなしですから、こんな大根です😆
形が悪くても大根‼️ 切り干し大根にして見ます😉

→いろんな形の大根が採れましたね。
  次は手慣れた切り干し大根づくりですか・・・。


準備万端
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さてと、加工作業の開始です。

→スライサーを木で固定して、これだと指を削ったりしませんね(笑)
  さすが大工職人!


このくらいの量です。
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水分が多いので、1日放置です。

→これだけの量をスライスしたとは大変だったね!
それにしても放任大根が切り干し大根に化けるとは凄い!


長くなるので、この後の工程は後日に回します。

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大相撲初場所は大栄翔が優勝!

2021/01/25(月)
今日は日差しもあって良い天気です!
2ヶ月ぶりに血圧の薬をもらいに病院へ行ってきました。

30分前に入っても8人目、それもお爺さんばかりでした。
1時間半も待って、診察は3分。
予約制の市内の病院に変えようかなと思いました。


昨日の大相撲千秋楽で西前頭筆頭・大栄翔が優勝しました!
力強い押し相撲で安心してみてられますね。
自分より上の大関、関脇、小結の7人全員を破っての優勝ですから凄いことです。
来場所がまた楽しみになってきました。

大栄翔は埼玉県朝霞市出身で、埼玉県としては初の優勝力士誕生です。
小学1年生の時から土俵に上がり、母子家庭で育った少年は母を早く楽にさせたいと
言ったそうです。その母に一番の贈り物になりました。優勝おめでとう!!!

優勝力士が多いのは北海道なんですよ。
最多は北海道で、なんと120回だそうで、次に東京の48回が続くそうです。

北海道出身で有名な力士は大鵬、千代ノ富士、北の湖、北の富士、北勝海、大乃国などです。
「巨人・大鵬・卵焼き」で育った時代でしたから、大鵬の人気はすごかったですね。
テレビがなかったころは、町の商店街へ行って街頭で見たもんです。
最近は北海道出身の力士が出てきませんが、現役で21人いるようです。

今場所は休場者が多くて、パッとしませんでした!
横綱は休場ばかりで論外!
大関も優勝争いに残ったのは正代だけ、千秋楽を前にして脱落してしまいました。。。

連日、砂かぶり席に姿勢よく座っているマスク美人は、よっぽど相撲が大好きなんでしょうね。
昨日のネットニュースで、インタビューした記者がいて、一般人だということだそうです。
コロナが終息したころが楽しみですね(笑)

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東京ウドの歴史を学習しました!

2021/01/24(日)
今朝起きて、カーテンを開けたら、外は真っ白ではありませんでした(笑)
チョッピリ雪を期待していたのですが、雨が降ってました。
道産子のせいか、やっぱり雪が見たくなるのはなぜなのでしょうか。

昨日の大相撲の結果ですが、正代がとうとうつきに見放されて負けてしまいましたね。
横綱が休場の場所、大関が盛り上げなければいけないのですが、だらしない大関たちです。
平幕の大栄翔が今日の千秋楽に臨みます!


今頃、援農農家さんでは、ウドの収穫・栽培で忙しいことと思います。
冬休みなので随分ご無沙汰してます。

実は年末に東京ウドを妹へ送ったきり、自分ではまだ食べてませんでした。
ウドは酢味噌和えにして、兄や子供たちに食べてもらったようです。


先日、スーパの地場産野菜コーナで「東京ウド」が売ってました。
食べたくなったので思わず買い物かごへ!
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東京の地下3メートルで伝統野菜として育つ「東京うど」


ここで少し「東京ウドの歴史」を学習しましょう!
暇でない方はスルーしてくださいね。。。


むかしは上井草村、吉祥寺村及び現在の練馬区西部が一大産地であり、産地の名をとって
「井荻うど」、「吉祥寺うど」と呼ばれていた

苗は4月に畑に植え付け、11月に葉や茎が全部枯れた頃を見計らって根株を掘り出した。
掘り出した根株は幅と深さがそれぞれ60センチメートルほどの溝穴中にすき間なく並べて、
その上から土をかぶせた。
この方法で光を当てずに茎を白く伸ばしたうどを栽培し、「もやしうど」(軟化うど)を作り出した。
この方法で栽培されたうどは、初物を粋と考えた江戸の人々に喜ばれて俳句や川柳の題材に
もなった。
このうどの品種は「所沢うど」と呼ばれ、幕末から明治中期が最盛期であった。

第2次世界大戦終戦後の1948年(昭和23年)から、考案者の高橋は横穴を掘って穴蔵での
うど軟化法の研究に本腰を入れて取り組んだ。
1951年(昭和26年)の1月になって、軟化うど560キログラムを今までより1月も早く市場に出荷した。
高橋の出荷した軟化うどは全く土がついておらずまっすぐに育っていて、そのできばえの良さに
卸売りの業者たちは高い評価を与えたという。
高橋の考案したうど軟化法は北多摩地域に広まり、1955年(昭和30年)に実用新案を申請し、
1960年(昭和35年)に「軟白野菜促成穴蔵」として認可を受けた。
この軟化法は他の産地にない独特のもので、軟化うどは日本料理向けの高級食材として受け入
れられた。

都市化が進んでうどの産地が西へと移り始めた1951年(昭和26年)、高橋遼吉が春うどを年末の
高値で取引できる時期に出荷する方法を発案した。
それは寒い時期が早く来る高冷地で種株を栽培すれば、休眠時期が早くなるためその終わりも
出荷も早くなるということであった。
この発案は翌年実行に移され、群馬県の嬬恋村で「愛知坊主」という種類の種株が委託栽培され、
成長したうどを東京に持ち帰って穴蔵で軟化栽培した。
高橋遼吉の発案は成功し、出荷時期を約1か月早めることができた。
この発案はうど生産組合や農地の減少に悩んでいた北多摩地域の農家がただちに取り入れ、
嬬恋村のような高冷地で種株を栽培してから平地にある穴蔵に植え替えて軟化する「リレー栽培
(リレー生産)」が確立した。
このリレー栽培は北多摩地域の農家はもとより、長野や群馬などの高冷地の農家においても有利
な農業経営ができるという大きな利点があった。

2011年(平成23年)に、東京都内で生産されるうどは江戸東京野菜の1種として「東京うど」の名で
呼ばれるようになった。

以上  ※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋



現在、群馬や茨城で芽株を育てて東京のムロで育てるというリレー栽培には、そういう歴史が
あったんだ・・・。

太い軟白ウド
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酢味噌和え
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他の食べ方に、きんぴら、ぬた、おひたし・・・ などがあります。

北海道で母親が山菜狩りして作ってくれた、山ウドの酢味噌和えが忘れられず、
今でも好物のひとつです。 お酒のつまみにですが。。。

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プロフィール

Author:畑のジッチ
小さな菜園での野菜作りが今年で9年目を迎えます。
有機・無農薬栽培での野菜作りから、美味しい野菜ができる喜びを沢山味わいながら、ブログで楽しく報告していければと思っております。
また農家さんへ週1回ボランティアへ行ってます。
時にはカメラを持ってブラブラと、気ままな暮らしを過ごしてます。

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